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7年目の3.11

今日は3月11日。
あの日から7年経ちました。
テレビの特集で多少取り上げられているけれど、西のほうに寄ってくると、やはり残された印象は薄いんだなと感じています。
私自身は2015年から縁あって福島に行かせてもらっていて、今でもいろんなことにもがいている人たちに触れさせてもらい
思うところはたくさんあるし、あの日、自身が帰宅困難になったり、計画停電をくらったりした関東圏の人たちは少なからず自分たちの使っている電気を供給してくれていた原発がという想いをもっている気がします。
今、自分が名古屋という場所に身を置いて感じるのは、なんか温度差というか、すでに風化してしまってるような空気だと思うのです。
この温度差を感じて、思い出すことがあります。
2011年、夏ごろに大阪から遊びに来た親戚の子が、節電でいつもより薄暗い品川駅の構内を見て、
「東京は暗いね、
そこまで節電しないとダメ?」
言葉尻の端々までは覚えていないけど、そんなかんじのことをポロっとこぼしたのです。本人に悪気はなかったので、「えっ?」っとは思っても言い返したりはしませんでしたが。
原発が止まり、エアコンが稼働しはじめる夏に向けてでんき予報とにらめっこ。戦々恐々としている東京電力管内の暮らしはあまり伝わっていないのだと思ったのを覚えています。実際には電力が足りなくなることはなかったけれど、今まで停電なんて、よほどのトラブルでないと経験したことのない日本で、計画停電という状況を目の当たりにし、当たり前にあるものがどんなにかありがたいものであることを痛感していたところだったので、その温度差に驚きました。
同じ日本とはいえ、ひとつの震災が日本全土を同時に襲うことなどはないので(あったら、地球規模の問題だ(*_*))完全に同じように共有することは難しいのは仕方ないけれど、メディアを通して、風評被害だけはすごく広まり、とどまるのに
考えるべきところが浸透しないこと、メディアの発信する内容にだけ振り回されないよう、皆が自覚する時が来ているのではないかなと思います。
情報過多、取捨選択が難しい昨今ではあるけれど、だからこそ意思をもって、日本で生きる自分にとって、今考えること、できること、最初は小さいことでもそれを大きくさせるツールはたくさんあるので、やってみることができる自分でいたいなとそんなことを思う今日この頃です。
14:46に黙祷とかできなくても、今日のどこかの瞬間で、心を東北に送りたいなと思います。そうやって過ごしてくれる人がひとりでも多くいてくれたら、そのエネルギーは伝わると思います。7年前の今日に思いを馳せるみんなが、心穏やかに過ごせますように。

Tomoko Nakabu Yamada
GītāTomoko
愛知県、知多半島在住。 大学進学と共に上京し、約20年東京で過ごしたが、結婚を機に離れる。現在は主婦? 新卒で入社した会社は某電気メーカー子会社で半導体論理設計エンジニアとして開発業務に励む。社会人生活15年で7社を渡り歩き、さらに副業を掛け持ちしていた異色の経歴を持つ。2009年よりヨガインストラクターとしての活動をはじめ、現在もオンラインを中心に指導を続けている。 2019年に長女が産まれ、育児奮闘中!
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