Mantra

マントラと祈り・マントラ集中講座&サウンドヒーリグリトリート

ブログをサボってる間に色々通り過ぎまして、でも次の書くことが迫ってくるのが見えてるので、また変な時間にブログを書く私。。。

去年の11月のリトリートから結構時間があいたNoahでのリトリート。今回は変化の時を迎えるメンバーが多いリトリートでお互いの語りも深いものとなりました。

Noahでのリトリートはすべての時間が学びなのだということを思い出させてくれるもの。レクチャーの時間だけではなくて、お掃除の時間、ご飯の時間、お風呂の時間、移動の時間、どんな時間も何か気づきがあって、でも楽しくて、たまに真面目で。

レクチャーの時間はいつもより短めだったけどすべての【行い】の時間を大切に過ごしたなと感じました。

お掃除も義務のようにやるんじゃなくて楽しめる分を楽しくやる。触れたところに愛着が湧く。キレイになった場所をみて、自分の心もピカピカになる。

みんなでワイワイご飯を作って、おいしそーって出来上がったのを美味しいねって食べる❤️材料の時から見つめることで、ありがたみもひとしお。

みんなでお風呂に入れば、心もハダカに。誰の布団かわかんないところでも、一緒に入っちゃって一緒にぬくぬくしたら、ほっこり話せる。

祈ることは生活すること

なおさんとこまよんが伝えてくれるのはいつも原点がそこにある。

今回はじめにレクチャーされたのはマントラではなく、祝詞(のりと)。その音が心地いいのは、自分が日本人だからだと本能が感じる。言われなくても、みんなが雰囲気をつかむのが早いのも、私たちの中にそれが息づいているからなのだろう。

言葉の根源であるサンスクリットの音を入れるのも、もちろん感じるものがあるから、私たちはこんなに魅せられる訳なのだけれど。聞いただけで意味を直感が捉える日本語で語られる祝詞には音以上の何かを感じている気がした。

マントラを唱えている時だけが祈りなのではない。すべての瞬間は、言葉は、行動は、神への供物となる。

自分の出した音は全部じぶん。

あーっとあらわれるじぶんそのもの
いーっと意思をつらぬくじぶん
うーっと花開いたじぶん

出した音への反応は【じぶん】に対して怖いほど正直だった。ヒーリングであるとともに、自分に向き合わされる時間にもなった。そんな不思議な体験も。

サンカルパすることから始めて、何度となくそれを振り返った今回のリトリート。私もそのうち迎える変化に向けて、意味のあるものになりました。

いつもNoahでの生活の一つ一つを大事にすることっていうのを要素のちょっとだけでも自分の生活へ持って帰りたいと思うのだけれど、今回はそこにこもる思いも深かったなと思います。

ま、その変化については近い方にはもうお話ししているのでお分かりかと思いますが。大っぴらにはそのうちってことで。今年はNoahに毎回行くことはないだろうけど、それでも、ここでの時間は私にとって大事な時間。そして、日常を営む場所へちゃんと帰りたいという想いもいつもより強くなりました。

ダンス瞑想で私たちが種になった時、こまよが美しいメロディで奏でてくれたマントラ

kāle varṣatu parjanyaḥ |
prthivī sasyaśalinī ||

私たちという種に必要なだけの太陽の光と雨が降り注ぎ豊かに実りますように!みんなの変化の結果報告会をしなくちゃねーっと思っちゃう濃ゆいリトリートでした⭐️